Rainy garden
〜未来編〜
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 火薬の匂いがする。  なぜ今更感じたのかわからない。人を殺すはずのその匂いを、人はなぜ好ましいと思うのだろう。そんなことを考えていたら、いつしか作戦の時刻が近づいていた。支給の時計に目を落とし、明滅するカウントのゼロに合わせて時限式の爆破スイッチを入れる。踵を返し、走り出す。 金属の床を蹴り、どこまでも同じ廊下を駆け、どこまでも同じ壁に空いた窓の外へ宇宙のように暗く広がる深海を見る。行きには避けた赤外線の糸に構わず触れると、ブザーとサイレンと赤い光が脅威を伝え、壁から、床から、天井から、銀のロボットが排出され一斉に照準を彼へ合わせる。シャドウは躊躇いなく彼らのあいだへ突っ込んで走り、すり抜けざまになぎ払うように破壊する。崩れる火花には見向きもしない。  やはり火薬が香った。時計がふたたびゼロを告げた瞬間にシャドウは自軍の艦に続くハッチをくぐり、重いドアが閉じられるのと同時に海の中へ爆発の振動が響くのを聞く。  長官への報告もそこそこに、狭い空間の中に一体のロボットの姿を探した。少し剥げた黒と赤と金、自身によく似たカラーリングのロボットは、彼に付いて戦うことのできる数少ない人員であったが、最近では久しぶりの面会だった。彼の前に立ち、言う。 「アークに似ていたと思わないか」 「比較対象ガ今回の破壊対象であるナラバ賛同しかねル。外見、設計、配置などの全項目デ相似率は40%未満ダ」 「――そうか」 「ダガ」 オメガはどこか不服そうに言う。 「比較シタ。その点でのみキサマに同意スル」  ロボットのくせに、とシャドウは自嘲も含めた笑いを漏らし、彼の隣へ腰を下ろした。 「潮時だ」  汚れた金の腕輪を外す。それにはもう大した力はない。長い長い長い時を経る中で、もはや制限を必要としないほどシャドウは力を失っていた。 「オメガ」  見る。 「お前は僕と来い」  その作戦を最後に、シャドウとオメガが姿を消した。 「もう泣くなよマリン」 「せやかてムカつくやん! なんでブレイズ来えへんの? ずっとずっと前から約束しとったやんか、うちらのことなんかどーでもええんや」 「そーじゃないって……」 「まるで恋だな」 「相似点多数ダ」 「わけわからんこと言わんといてや! うちは怒っとるんやで!」  屋根のない車の後部座席できいいと暴れ出すマリンを、助手席のシルバーが身を乗り出して宥める。隣のオメガは黙って叩かれ、シャドウはハンドルから片手を放した瞬間吹っ飛んでいった吸いかけの煙草をサイドミラー越しに視線で追った。 「ポイ捨てダメだぜ」 「飛ばされたんだ。すまない」  燐光をまとった煙草が逆回しのように戻る。空中から受け取ったシャドウは、最後に一度口をつけると、備え付けの灰皿へぐいと押し付けて捨てた。 「そんなもん、体に悪いだけなのに」 「君達が生まれる前からの付き合いだ。今更遅い」 「昔のアンタはもっといい子だったぜ」 「忘れたな」  河を目指していた。そんじょそこらの河ではない。駅やデパートの片隅に置かれた旅行パンフレットなどでは「神話」や「伝説」などの言葉で飾られる河だ。事実がどうだかは知らないが、飽和状態にあるそんな言葉を使われてしまうと何でも急に安っぽくなるなとシャドウは思う。だがマリンはそこへ行きたがった。彼女の尊敬する冒険家の兄貴分達が、その上流にはとてもすてきな場所があるのだと口を揃えて言うからだった。 (……to be continued.)